はじめまして!宮崎悦子です。

まず私の自己紹介をさせていただきます。
私は女性写真家であり、全国公募「視点」で優秀賞を2回受賞しました。
また、日本リアリズム写真集団(JRP)奈良支部の支部長をつとめています。
少し長くなりますが、私がなぜ魅力写真アドバイザーとして「写真センスアップ」を伝える活動を始めたのか、話をさせていただきます。

私は奈良の歴史文化あふれる風土で育ってきました。私が写真を始めたのは、32才の時でした。
それまでは、ある団体で7年間正社員で働いていました。仕事ぶりも評価され、顧客からの信頼も厚く、私はその仕事をするために生まれてきたと思っていました。
ところが、そのハードさから病気にかかり、傷病手当金をもらいながら、復帰するかどうか思案していたころに、ふとしたきっかけで写真サークルに入り、写真活動を始めることになりました。

写真の本質論に沿った教え方

プロ写真家・若橋一三さんの教えに導かれながら、私は不思議な体験をしていきました。何もストレスも感じないのに、写真がどんどん魅力的になっていったのです。
その教え方は、おもしろいものでした。写真関連本、写真雑誌、他の写真サークルとは、まったく違う教え方をするのです。
まず技術は基礎ぐらいしか教えません。そして、巷でよく教えられる構図やコツも皆無でした。
それなのに、一年後、私は、日本リアリズム写真集団(JRP)主催の全国公募のコンテスト「視点」で入選することが出来ました。
それは、「写真の本質論」にそった教え方を受けていたからです。

私は、写真にすっかり夢中になってしまいました。その本質論とは、「作者が感動したものを創造のエネルギーに転化して写し、それを見る側にその感動を伝える」です。

写真以外の厳しい現実

しかし、写真以外の現実は厳しい時でした。この病気を詳しく調べていくと、先天性のもので、慢性だから治らない。病気とつきあって生きていくしかないと言われました。つまり、ハードな仕事は無理。職場に復帰しても色々と配慮されなければいけない。私の生きがいの仕事は出来ないと宣告をされてしまったのです。事実、そのことを職場につげても理解されず、やむを得ず退職することになりました。
その後は、地獄が待っていました。何もなくなったのです。私の居場所が全部。仕事を通して自分の居場所を作るという、当時の私は、必死で抵抗しました。配慮してくれる職場を探し、求職活動を開始しました。
でも、この不況下に反応は冷たいものでした。ひどいことを言われたり、露骨な差別を受けたこともあります。

それでも、頑張って続けた私は2回再発を起こしてしまいました。絶望でした。その時の私の狭い価値観の中では、人間失格という言葉が響いていました。

写真に本気になった時

でも、一つだけ光がありました。それが写真です。
仕事ではあったストレスはまったく感じず、それでもどんどん上達する不思議なもの。
そして、「一度写真に本気になってみよう」と決心をしました。思い切って、東京の写真学校・現代写真研究所の日曜撮影専科に月2回通うことに決めました。そこには、若橋さんの師匠がいたからです。
全国公募「視点」展で、連続して優秀賞を2回もらったのです。そのうちの一つは東京の授業で撮影したものです。そして、気がついたのです。あるがままのココロを写真で表現して、それがステキだといわれる中で、私のココロの傷が治りました。自分のココロの主人公になることで、個性という名の花が咲き、日々の疲れ、不安から解放されました。

自分が主人公の充実した日々

そして、私はサラリーマン時代では得られなかった、今まで一番楽しい自分が主人公の生き生きとした日常を今送っています。それは写真の持っている力そのものがそうさせているのです。
よく、自己啓発本などで「ココロを楽にして」とか「前向きになりましょう」と書いています。私も読んでいましたが、出来ませんでした。考え方のくせ、習慣を変えるのは一人では難しいのかもしれません。でも、写真を撮ることによって私は出来ました。
私は、みなさんにも同じような充実した日々を送ってもらいたいと思いこの活動を開始しました。

2009年 2009年 写真サークル「ま・どんな」に入会。
初めてデジカメ一眼レフカメラを購入し、写真活動を開始する。
2010年 2010年 全国公募「視点」展 入選
2012年 2012年 全国公募「視点」展 優秀賞
2013年 2013年 全国公募「視点」展 優秀賞
2014年 2014年 全国公募「視点」展 特選
2013年12月 2013年12月 写真集「東京ラプソディ」発刊
2014年8月 2014年8月 個展「東京ラプソディ」開催

奈良市在中。
奈良を中心に、写真アドザイザー・個展・写真集・撮影など精力的にとりくんでいる。
日本リアリズム写真集団(JRP)の奈良支部長でもある。